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「私たちの古紙はいずこへ?」素朴なギモンからつなげるリサイクルの輪|野口尚志さん(EditNetプリンテック代表)

大和板紙は、板紙をつくる会社です。技術と素材を活かしたものづくりに誇りを持っています。
しかし私たちの板紙は、それ単体で価値を発揮するものではありません。クリエイターの皆さんの“アイデア”というゲートをくぐり、本の表紙や化粧箱など、価値あるものに変身を遂げていただいています。

今回いたがみ話に登場するのは、野口尚志さん。東京都世田谷区で同人誌専門の印刷会社「EditNetプリンテック」を営み、当社の板紙を数々の同人誌へと生まれ変わらせていただいています。近年ではこれにとどまらず、同社が排出した古紙を原材料に大和板紙の再生紙「ゆるチップ」を作って仕入れる、「循環型リサイクルペーパープロジェクト」にも取り組んでいただきました。

プロジェクト参画の背景と古紙リサイクルにかける思いについて、野口さんにお話を伺いました。

同人誌専門の印刷会社・EditNetプリンテック

EditNetプリンテックの特徴を教えてください。

当社は、3種の印刷方式(孔版印刷・オフセット印刷・オンデマンド印刷)を取り揃えた同人誌専門の印刷所です。

手触りや色が特徴的な紙を100種類以上ラインナップしているのも当社の特徴ですね。

取り扱いのある紙と一言でいっても、「表紙向きの紙」「本文用の紙」「遊び紙向きの紙」などさまざまな種類があります。当社で仕入れている大和板紙さんの「ゆるチップ」も、まさに風変わりな紙だと思いますよ。

ゆるチップの第一印象は「面白い紙だな」

ゆるチップとの出会いは?

2018年頃から仕入れています。「スヌーピーミュージアム」の入場チケットが、ゆるチップだったんですよね。その現物を見て、「色味といい、チリが浮いた表情といい、これ面白い紙だな」と。

当時はオンデマンド印刷に注力しようとしていたこともあり、取扱用紙のバリエーションを増やすタイミングでした。それも後押しとなり、紙見本を取り寄せました。

「同人誌に面白い紙を使いたい」という顧客のニーズもありましたか?

そうですね。当社は「綺麗でシンプルな仕上がり一筋」という印刷所ではありません()

味わいがある紙や面白味が感じられる紙に刷りたい同人作家さんはとても多いんです。例えば「未晒クラフト」に紫や茶のインクで刷るとか、蛍光カラーのオフセット印刷とか、一風変わった用紙×インクは、当社ではよくある組み合わせです。そのニーズを受けて、普通の上質紙以外にも、再生上質紙や表面にチリの浮いた再生紙をあえて仕入れています。

その代表格のゆるチップは、当社でも特に人気の紙になりましたね。

「私たちの古紙はいずこへ?」疑問だった古紙の行く末

野口さんはもともと再生紙を使うのに積極的だったんですね。

古紙のリサイクルって、非常に良い仕組みだと思うんです。ものの大量生産/大量消費が問題視される現代において、「資源の生まれ変わりリサイクル」がきちんと成立しているもののひとつだな、と。

この考えに基づいて、当社は再生紙や非木材紙などの環境に配慮した紙を積極的に仕入れています。

逆に古紙の排出についてはいかがですか?

裁ちクズなどの古紙は、年間1トン程度は出ますね。古紙回収業者に定期的に引き取ってもらっています。

古紙の処分について課題は抱えていましたか?

古紙が供給過多状態の時は、市場が不安定になっていると感じますね。国内の再生紙需要が落ち込み、相場に変動が起きて、需給バランスが崩れてしまう。その影響で回収業者の古紙引き取りが困難になることもあります。

また、特殊紙の問題もあります。実は回収業者に古紙を引き渡す際、特殊紙はあまり好まれないんです。古紙の価格が暴落すると、特殊紙ほど価格が下がってしまう。でも同人誌は多様性のメディアですから、色の濃い紙も箔押しも、PP貼りも当たり前です。以前、回収業者さんに「少量だから引き取りますが、いずれうちがゴミとして、お金をかけて処分しないといけない」と言われたこともありました。

私はいち印刷屋ですが、「世の中の課題に対して、会社として何ができるか」を考え、実行に移したい。だから古紙の流通やリサイクルについても、ちゃんと向き合いたいと思っていたんです。

この思いから、2009年に、お客様が不要になった同人誌を当社が引き取り、回収業者に渡す「不要同人誌のリサイクルサービス」を始めました。

同人誌の処分に困る方は少なくありません。皆さん同人誌を「古紙回収の日に道端にポン!と置いておく」のには抵抗がある。そのような同人誌は当社に送っていただければ送料負担のみで処分できるので、年間400500kgほどのペースで集まりますね。

野口さんはリサイクルに対して高い意識を持っていたんですね。

その反面、危機感も感じていました。まず、古紙回収に出すばかりで、「その古紙はいったいどこに行っているの?」という疑問がありましたね。皆さん、古紙回収の日に、新聞紙や雑誌をきちんと束ねて集積所に出しますよね。でも、私たちの身近にある再生紙はそう多くない。きっと新聞紙や雑誌も、どこかで何かの紙に生まれ変わっているでしょう。けれど、私たちはその実感がない。

古紙をゴミにしないのは、とても大切なことです。しかしそれと等しく、「古紙から生まれた再生紙を商品として活用していくこと」も重要だと思うんです。「古紙」と「再生紙」のどちらかひとつでも欠けたら、紙のリサイクルは成立しませんから。

大和板紙で同人誌入りゆるチップを作ろう

EditNetプリンテックが大和板紙の「循環型リサイクルペーパープロジェクト」に参画したきっかけを教えてください

大和板紙の担当者から、ゆるチップの製造話を聞いたのがきっかけですね。ゆるチップは表面にチリが浮いているのが持ち味です。「赤い古紙ばかりを原材料に用いたら、赤いチリがたくさん浮かんだ仕上がりになる」という話を聞いて、「うちの同人誌を丸ごと渡せば、そのまま原材料になって、面白いゆるチップができるのでは?」と思いました。

プロジェクトの期間は?

2年ですね。原材料にできる紙の種類や保管場所、工場に送る日取りなどを相談してからは、サクサク進みました。

「循環型リサイクルペーパープロジェクト」の良い点は?

特殊紙でもOKなところですね。ゆるチップは8層構造で、かなり色が濃い紙でも調整次第で中層に入れられます。通常の紙のリサイクルよりも、古紙の種類を問わないのが魅力でした。

EditNetプリンテックの顧客にとって何かメリットはありますか?

お客様に喜ばれるのは、リサイクル過程で機密性が守られることですね。当社から古紙として渡した同人誌は、「箱ごとドーン!」と機械に投入されます(笑) 封を切ることがないため、プライバシーを気にする同人作家さんも安心です。

循環型リサイクルペーパーで紙の生まれ変わりに“たしかな実感”を

実際に同人誌入りゆるチップを作った感想は?

当社の同人誌が原材料のゆるチップといえど、完成品は同じゆるチップです。入っているのは紙の中層部分ですし、「斬新な紙ができたか」と問われれば、正直そうは感じません。

ただ「自分が回収した同人誌が、現物のゆるチップになって手元に戻ってくる」という仕組みは間違いありません。納品された再生紙を1枚めくって「うちが納めた同人誌のかけらが入っているかもしれないなあ」と実感できたのは初めてでした。古紙の行く末がわからないと考えていた自分にとって、これこそがリサイクルだと感じましたね。

今回の循環型リサイクルペーパープロジェクトが成り立つのは、量で物事を管理する「ミックスクレジット」という考え方があるからだと思うんです。

ゆるチップは1度に15t製造します。しかし、当社が大和板紙に納める同人誌は200kgほどで、原材料としては全体の約1%程度です。当社の古紙のみでゆるチップを作るのは、品質面でも経済面でも、現実的ではありません。

でも「循環型リサイクルペーパー」の取り組みは、納品した分を仕入れればOKです。原材料の全てを当社のみで賄わずとも問題ない。少量でも、リサイクルの確かな実感を得られます。

環境問題は、私たちの目に見えないところで悪影響を及ぼしているケースが多いでしょう。でも「循環型リサイクルペーパー」のように、関わる人の目に見えるかたちで、良い影響を与えられる仕組みもある。

このような思いから完成したEditNetプリンテックのゆるチップが、皆さんの意識を変える小さなチャンスになればいいなと思いますね。


野口さんの好きな板紙

アスカの銀F

仕上がりの印刷も光沢があるわけじゃないけど、どことなく抜けてて、なんだか憎めないんですよね。
完璧じゃないものって本当面白いじゃないですか。洗練されたメタリックではない「アスカの銀」に、心惹かれます。


取材・文:佐藤 優奈

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